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絵置き場

ニコ生で描いた絵などをのせてます。 それだけ。
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黒猫と星夜を


大昔に書いた小説を公開してみたりする。

とある町の、少女達の恋愛模様と、クリスマスの過ごし方。


[Prologue]

「クリスマスイブは誰と過ごす?」
 小さな街【ボヌール】では、あちらこちらでこんな質問が飛び交っていた。
 ボヌールでは、クリスマスイブは屋内で食事をして過ごし、クリスマスでは街中の人々が総出でお祭りを楽しむ。そんな伝統があった。
 大抵の人間は家族や友人とクリスマスイブを過ごす。だが稀に、恋人と過ごすという浮いた話がでてきて大いに盛り上がる。
 そんな淡い期待を込めて人々は質問しあう。
 それは、まだ幼い少年少女も例外ではなかった。

 街のほぼ中央に建つエコル学園。学生寮からそこまでの道のり、徒歩15分、その途中。
「クリスマスイブは誰と過ごす?」
 淡い期待を多少なりともかけられながら、アミは友人達に聞かれた。
 しかし彼女は、少し顔をひきつらせて、
「うちの親……今年は稼ぎにいくってさー……」
 と、ため息混じりに語るのであった。
 彼女の両親は他国から輸入された品物を扱う交易商だ。クリスマス時期は稼ぎ時なのも、現在家の財政が少しばかり傾いているのも、それがこの学園に通う学費を出したせいだというのもわかっている。
 わかってるんだけど……クリスマスという一大イベントに、13歳の娘をほったらかすのもどうかと思うよあのバカップル。

 ――少し前、連休で帰省した際にアミの父親は言った。
『おー大変だ! アミの学費を払ったら家のお金が大変だ!』
 大げさな演技なのはバレバレだった。それに対して母親は、
『まー大変ね! このままだと私たち一体どうなってしまうのかしらっ』
 語尾に♪が付きそうなくらい弾んだ声を上げ、胸の前で手を組んで祈るようなポーズをとる。
 そんな母を抱きしめて、父は、
『ああ……! このままだと私たちは路頭に迷ってしまう!』
 目にうっすら涙まで滲んでいる。演出過多にも程があるとアミは思う。
『いいえあなた、まだ最後の手段があるわっ』
 そんな悲痛な言葉を吐く母の目は笑っている。
 父と母は同時にこちらに顔を向けて。
『というわけでアミ、クリスマスイブは寮で過ごしてね♪』
 見事に声をハモらせた。とうとう♪もついてしまった――
 冷たく乾燥した風が吹く。
一枚の落ち葉が、カサカサと音をたてて石畳をころがっていった。
 今のアミの心象風景は、まさにこのような感じだった。
 思い出し襲って来る頭痛を、アミは額に人差し指を当てることで抑えようとした。
 今頃両親は“二人で仲むつまじく”仕事をしていることだろう。
「まぁ、そんなわけで今年は両親仲良くお仕事という名のデート」
 はぁ、ともう一度大きなため息。
 黒い瞳は虚ろにどこか遠いところを見て、肩で切りそろえられた黒色の髪が、白髪になってしまいそうなくらい老け込んだ表情を浮かべるアミ。
 友人達は苦笑いを浮かべ、場になんともいえない空気が漂い始めた、その時――
「えっ、アミちゃんクリスマスイブ暇なの!?」
 ――何者かが嫌な空気をとてつもなく明るい声で霧散させ、後ろからふわりとアミに抱きついてきた。
 透き通るような声と、さわやかに香る甘い匂いで、それが誰であるかすぐにわかった。
 アミは慣れた手つきでまとわりつく腕をほどき、後ろを振り向く。
 目の前にいたのは青い目をキラキラさせ、白い頬をやや紅潮させた、金髪の少女。親友のルシャだった。
「アミちゃん、暇なの暇なの暇なのっ?」
 ルシャは高揚した声で訊ねる。悪気の“わ”の字もない愛らしい顔は、とても嬉しそうだった。
 その笑顔に応えるかのように、アミは微笑みを返す。目は笑っていない。
「ルシャー? 私が一人ぼっちのクリスマスを過ごすのがそんなに嬉しいー?」
「うん!」
 当然のごとくそれに気づかなかったルシャの顔に、アミはゆらりと手をのばす。
「いひゃい! いひゃいよあひひゃん!?」
 ルシャのやわらかい頬を左右にぐいぐいと引っ張る。
「あははははははーールシャってば面白いこというねーあははははー」
 友人達が恐怖で少し後ずさりしたのは、アミは見なかったことにした。

[1]


 緑、赤、黄、青、白、それに金と銀。
 学園から出て数分のところにある、街の中心に向かう大通りを挟む建物達は、それぞれの持ち主に様々な色の装飾や電飾で飾られている。
 昼なのでイルミネーションは目立たないが、それ抜きでも十二分に派手だった。
 飾りが揃っているのは街灯くらいで、他の飾り付けに統一性はなくバラバラだ。皆自分の好きなように色をつけてゆく。
 アミにはそれがまるで、田舎娘が不釣合いに豪華なドレスを着せられているように見えて、少し可笑しかった。
 だが娘はドレスを着せられて嬉しいらしく、街全体がいつもよりだいぶにぎやかになっている。
 そんな雰囲気が彼女は好きだった。
 色とりどりの道を歩いているうちに、自然と顔が緩んでしまう彼女の隣を、ルシャがもっと緩んだ顔で歩いている。
 二人はクリスマスパーティの準備のため、買い物をしにやってきた。
「イッブはアミちゃんとー♪ いっしょにーおしょくじー♪ イッブはアむぐ!」
 小さな唇からもれる歌声は可憐で、街行く人々は思わず振り返る。
 慌てて少女の口を手でふさぎ、顔を赤らめて辺りを伺う。
「ルシャ、喜んでくれるのはいいけど道の真ん中でそんな歌歌わないで……!」
「えー、だって嬉しいんだよー?」
 ああもうこの子には何を言っても通用しないな、とアミは諦めた。
 アミが暇だと聞いたルシャは、それならば是非家に招待したいと言った。
実はルシャの両親も仕事が多忙で――アミの両親と違って本当に――イブは留守になるらしい。あの嬉しそうな顔にはこんな訳があったのだ。
「クリスマスイブ、両親は留守、なのに男の子と遊ぶ気にはならないのかなぁこの子は」
 ひとまず自分のことは棚に上げて、アミはルシャに訊ねた。
「男の子? なんでー? 私はアミちゃんと一緒にいたいよ?」
 予想通りの答えに、思わずため息をつく。
 ルシャは可愛い。小さな顔にはぱっちりとしたブルーアイ、白い肌は美しく、ふわふわのブロンドは、誰もが触れたいと思う。顔つきにまだ幼さはあるが、将来が有望すぎるくらいの美少女だ。
 だが、問題はその独特すぎる性格にある。
 彼女の両親は名のある美術商で、高価な美術品ばかりを扱っている。当然、主に骨董品や小さな商品を扱っているアミの両親とは収入の桁が違う。
 そんな裕福な家庭に生まれて育ったせいなのか、ルシャは常に世間の常識の一歩斜め上を行く。
 今までに言い寄られたことは何度もあったが『私はいつか白馬の王子様が迎えにきてくれるの』とか『私には白馬のケンタウロスが迎えに来てくれるから』などと言ってルシャは男の子達のピュアなハートを片っ端から砕いていった。
 最初は男を近づけないための冗談かと思った。しかしルシャと半年以上付き合っているアミには、それが本気だということが判っていた。
 半人半馬の空想上の生き物に想いを馳せる親友を見て、アミは額を指で押さえたのだった。
 彼女に慕われるのは嬉しいのだが、反面、彼女の将来が心配である。
「あー、もう、もったいないなぁこんな可愛い顔してるのに」
 やわらかく滑らかなルシャの髪をくしゃくしゃとなでながら言う。
「アミちゃんの方がかわいいよっ! その黒髪だってすごく綺麗だし、闇夜にまぎれて行動できるし!」
「褒めてるつもりなんだろうけど、それ褒めてないわルシャ……」
 アミは苦笑しながらわしわしとルシャの髪を乱暴に撫でた。
 ――だが少女はいつものように嫌がる反応もせず、ぴたりと足をとめた。
「どしたの? ルシャ」
 ルシャは、ぼーっと、反対側の道を見ている。
 彼女の視線をたどっていけば、そこには赤や橙を基調とした飾り付けがされている、肉屋。
 でっぷりと太った肉屋の主人は、腰をかがめて座っている。
「……黒猫?」
 呟いた言葉にルシャは三回も頷いた。
 主人の足元には一匹の黒い猫。主人が与えるハムを、行儀良く食べていた。
「綺麗な猫だね」
 野良にしては毛並みが美しい、だが慣れた様子で主人からハムをもらう姿は、あまり飼い猫には見えなかった。
 黒猫がハムを食べ終わった。ぺこりと頭をさげると、気をよくした肉屋の主人はソーセージを猫の鼻に近づける。
 遠慮がちにソーセージをくわえて、猫は長い尾を揺らしながら、どこか優雅な足取りでかけてゆく。
 猫が去っていったのは、ルシャ達がやってきた方向。
「すごいね、おじぎしたよあの猫」
「……はぅ」
 ……何その熱い吐息。
 アミがルシャの顔を覗き込むと、白い肌には薄く紅が差し、ハチミツに砂糖をぶちまけたくらい甘い表情をしていた。
 潤んだ瞳は猫の去っていった方向をいつまでも見つめている。
 アミは以前に一度、その表情を見たことがあった。
 確か、この顔は図書館で――
「アミちゃん、私……恋しちゃったかも」
 ――ケンタウロスの挿絵を見ていた時と同じものだった。


「あの黒猫はどこに住んでるんですか!?」
 どうやらあの黒猫は、どうやらいつも学園の方向からやってくるらしい。
「あの黒猫は野良猫ですか!?」
 一度も飼い主を見かけていないので、飼われてるわけじゃないと思う。
「あの黒猫の名前は!?」
 この通りでは有名な猫だったらしく、【ノワ】と呼ばれ親しまれているという。
「オスですよね!?」
 オスである。
「彼女はいるんですか!?」
 いつも一匹だ。
「好みのタイプはわかりますか!?」
 ……おい。
 肉屋の主人に質問を浴びせまくるルシャの首根っこを引っ張り、アミは一旦買い物を中止して、アミの暮らす寮に向かうことにした。
 学園の方からやってくるのだから、寮に帰る途中で会えるかもしれない。
 そんなことをルシャに言い聞かせ、彼女らが肉屋から離れたのは、一時間ばかり経過した後のことだ。
 陽は傾き始め、空には赤色が混じりだしていた。
 げっそりした様子でこちらを見送る店主に、苦笑を浮かべて手を振りつつ、アミは隣を歩くルシャの方を向く。
 すると少女はうっとりした顔で、
「ノワ……ノワ……ノワ……」
 大切なものを抱きしめるような声で、何度も猫の名前を呟いていた。
 “恋する乙女”という言葉がこれほど似合う者がいるだろうか。
 並の男なら自分の名がこのように呟かれるのを見るだけで鼻血をだして卒倒しかねない、それくらいに今のルシャは可愛かった。
 ――相手が猫でなければ。
「ところでルシャ、ノワのどこが好きなの?」
「全部」
「即答かい」
「あの端正な顔つき、引き締まった身体、鮮やかな身のこなし、気品溢れるにくきゅう、そして何より紳士的なあの性格……ルシャ、一目惚れしてしまいましたわ!」
 口調を変えてまで力説する少女に、アミは顔をひきつらせながら。いきなり核心をついてみる。
「ええと、でも相手は猫だよ……?」
「アミちゃんは、ノワが動物だっていう、くだらないことを気にするの?」
 気にするって。アミは内心でツッコミを入れる。だが、ルシャが凄い剣幕でつめよってくるので、口に出してまで言おうとはしなかった。
「恋に人も猫もないと思うの!」
 あって欲しい。
「こんな気持ち初めてなのっ! 彼に会いたくて会いたくてしょうがないの! 胸がズキズキするの! 食事も喉を通らないの!」
 いやまだ食事してないよね、そんなことを思いつつ、この天然娘をどうにかしてとめようと、アミは次の言葉を紡ぐ。
「え、ええと……でもさ!まだお互いのことをよくしらないわけだし」
「そう! それなのよ!」
 途端、目の色をキラキラ――ギラギラさせて、乙女はアミに詰め寄った。
 墓穴ほったかも……、嫌な予感がした。
「これから毎日、ノワに会いにいこうと思う!」
 1秒もたたないうちに予感は的中した。
「ちょ、ちょっとルシャ本気!?」
「もちろん! ノワのことをよく知るために、明日から彼を追跡しようと思う!」
 それってストーカーって言いませんかルシャさん。アミは額を指で押さえる。
「アミちゃん……私ね」
 ルシャは静かに、だが真剣な声色で――。
「アミちゃんの好きになったのが、ゴキブリでもミジンコでも応援するよっ」
「ちょっと待てぃ」
 アミは思わずつっこんだ。決して全く絶対にそんな趣味はない。
「だからね、アミちゃん……!」
 ツッコミを無視し、ルシャがアミの顔を下から覗き込む。手を胸の前で組み、アミに向かって祈っている。
 恋する乙女は潤んだ瞳で力強く見つめてくる。控えめにつけた香水の、甘い香りがアミの鼻腔をくすぐった。
「アミちゃんも、私の恋を応援して……くれるよね?」
 普通の娘がこんなことをすれば、アミは恐らく張り倒していただろう。
 だがルシャのそれは、気おされる程真剣な想いから生まれた行動だ。
「あーわかったわかった! 協力するって!」
「やったー!だからアミちゃん大好きっ!」
 ルシャの顔がみるみると明るくなる。
 アミは、やれやれと諦めたように目を閉じて嘆息した。
 結局、私はルシャ好きでたまらないんだろうなぁ。
 その表情には、どこか楽しそうな微笑が、うっすらとだが浮かんでいた。

[2]


 アミは最初、ノワを探しているうちに、ルシャに灯る恋の炎が鎮火されてくれないだろうか、と期待をしたものだった。
 だが、そんな淡い希望はあっさりと打ち砕かれることになった。
 追跡一日目。
 とりあえず二人は最初にノワと遭遇した肉屋の影に隠れて、ノワが来るのを待っていた――が、ノワは姿を現さなかった。
 後で判明したのだが、ノワは同じ通りにあるレストランで食事をもらっていたらしい。それを聞いたルシャは、
「ノワって……グルメなのね……」
 感嘆のため息を漏らしていた。
 追跡二日目。
 この日から学園は休みに入り、朝から大通りを探すことになった。
 しばらく黒猫の姿を探していると、路地に入っていく黒い影を見かけて、すぐさまその後を追った。
 人がなんとかすれ違うことができるくらいの狭い路地。
 ノワはそこにおかれたごみ箱や、壁に立てかけられたハシゴ、窓枠を利用し、軽やかな身のこなしで屋根の上に上っていってしまった。
「運動神経もいいのね……」
 ルシャは恍惚として、彼の背中を見送った。
 追跡三日目。
 ノワはパン屋に現われた。少し大きめのパンをもらい、器用に口にくわえると、いつもとは違う方向に向かって歩き出した。
 たどり着いたのは小さな空き地。そこにはノワ以外にも数匹の猫が集まっていた。
 ノワはそこにパンを置くと、颯爽と駆け出して、どこかへ消えてしまった。
 残されたパンの元に、猫達が集まっていく。
 どうやら、彼は街の野良猫達に差し入れを持ってきたらしい。
「じぇ……ジェントルマンよノワっ」
 黄色い声を上げる親友。
 だがさすがに、これにはアミも心を打たれてしまった。
 結局、ルシャはよりノワに心酔し、その恋が本物であると確信しきっていたのだった。
 ――そんな追跡劇の転機は、四日目の朝に訪れた。
 アミは紺のコートを羽織って外に出た。
 冷たい空気がスカートの下から入り込み、アミは肩を震わせた。
 ここ数日の日課“ノワ探し”に出かけようと、ルシャは寮の門をくぐり抜けた。
 街に向かう第一歩を踏み出し――その足の横を黒いものが駆け抜けていったのに気がついて、アミはぴたりと立ち止まる
「……へ?」
 間の抜けた声を出してアミは振り返る。
 走り去るものを確認、あの毛並み、動き、間違いない。
 それは寮の建物の影に走り去っていった。確かあの奥には、ほどんど使われていない物置があったはずだ。
「こ……こんなところに……」
 尋ね人――いや、猫は、意外と近くに潜んでいた。
「ノワー、でてこーい」
 アミの手には、厚めに切ったハム一枚。
「ノ、ノワさん……でてきてくださいっ」
 何故か敬語で黒猫を呼ぶルシャの手には、片手では持てない程の大きな紙袋。中には様々な種類のソーセージやパン、ついでに猫の好物であろう、魚の干物が入っている。
 二人は物置の前で屈んで、黒猫の名前を口にする。
 物置には、丁度猫一匹が通れるような小さな穴があった。
 すると、あれだけ探しても尻尾を掴めなかった彼が、ルシャの大好きな彼が、実にあっさりと物置の中あらわれた。
 するとルシャは嬉しそうに、紙袋からソーセージを出す。
 ノワはルシャに近づいていってそのソーセージを――
「……え?」
「……へ?」
 ――食べる前に顔をしかめて、後退した。
「ノワ……?どうしたの?食べないの?」
 ルシャが不安そうな顔をする。だがノワは一向にそのソーセージを口にしようとしない。何度か近づいて、離れてを繰り返す。
 そしてノワは、傍観していたアミに向かってターンをする。
 そしてアミの持っているハムを優雅に奪って、食べ始めた。
「おい待て黒猫」
「アミちゃんずるい!?」
 二人で声を上げるが、この黒猫は全く意に介せず、ハムをたいらげた。
 口についた食べかすを手で落としたノワは、アミに向かっておじぎをして、颯爽と物置の中に入っていってしまった。
 少女二人は呆然とその姿を見送る。
 少し経って、先に我に帰ったルシャが仏頂面で呟いた。
「アミちゃん……恋のらいばる……?」
 私にそんな趣味はないってば。
「今日はきっと……ハムっていう気分だったんじゃない? ほら、グルメだし、また明日やってみようよ」
 アミは苦笑しながら、こう言い聞かせた。


 だが、次の日も、その次の日も。
 ノワは一度はルシャの方に近づいて行くのだが、寸前で方向転換してアミの持っている食べ物を食べるのだ。ハムでもパンでも干物でも、二人とも同じ食べ物を差し出してみても、その結果は同じだった。


 今日もルシャの手からご飯を上げることなく陽は落ちてしまった。
 暗くて危険だからと、ルシャの家の使用人が迎えに来るまで、二人はアミの部屋で一息つくことにした。
「なんで……なんで……」
 丸いテーブルに置かれたホットミルクには手をつけず、ルシャはイスにこしかけて、頭を抱えている。
 ちょっぴり泣きそうな顔をしているのを、アミは見ていられなかった。
「……ねぇ、ルシャ?」
 ふと、アミは思ったことを口にしてみる。おそるおそる。
「ええとさ、私思うんだけどね」
「なーに? アミちゃん」
「ルシャってさ、すごく可愛いんだよね」
 言うとルシャは目を丸くして、恥ずかしいような、困ったような顔をする。
「だから、んと周りの男が放っておかないし、さ」
「アミちゃん……」
 口にして、しまったと思った。ルシャもこちらが言いたいことが判ったらしく、寂しそうな顔をする。
 だがこれ以上、ルシャが猫に翻弄させられるの見るのは、つらいものがあった。。
 アミは、そう自分に言い聞かせた。
「きっと、もっといい人が見つかる、だから――」
「聞きたくない」
 ルシャはアミの言葉を遮った。
「そんなこと、聞きたくない」
 いつもとは違う、枯れそうで、振り絞るような声に、アミは胸を締め付けられる気がした。
「私、アミちゃんが大好きだよ」
 ふとあげた顔は、真剣な表情。アミを見つめる目は、まっすぐ。
「アミちゃん、私がバカなこと言っても、なんだかんだ言ってきちんと私の言うことを聞いてくれる」
 掠れた声は、アミの心に深く突き刺さる。
「ごめんね、アミちゃん。やっぱり私、変だよね、普通の子は、猫なんか好きにならないよね」
 猫“なんか”と、彼女は言った――いや、アミがその言葉を言わせてしまった。
「ごめんね、ごめんね、下らないことにつき合わせちゃって……ごめんね」
 口を開くたびに、ルシャは自らの言葉で自らを傷つけている。
 アミにはそんな風に見えた。
 ルシャは、今まで行動したことを、自分で否定している。
 事実、ルシャの青い瞳は涙でいっぱいだ。
「……」
 アミは何も言えなかった。
「でも私は本気なの! 本気でノワに恋してるの!」
 声が高く部屋に響く。同時に、彼女の双眸から涙が流れる。
「……アミちゃんなんて大嫌い!」
 大きな声を上げて、大きな音を立てて、ルシャはドアを閉めた。
 どたどたどた、と廊下を走る音が聞こえる。
 ――ルシャは去ってしまった。
 アミは呆然として立っている。
「ばか……」
 核心を突かれた気がする。
 確かに、ルシャとノワが上手くいかないものだと決め付けて、それでもルシャの言動には付き合おうと思っていた。
 恐らくそれは、ルシャのことを真剣に考えていないという事実。
 ぽたり。
 何かが床に落ちた。自分の頬を伝い、足元に落ちた。落ちたものは木の床に広がり、染みていく。
 大嫌いと言われた。
 いつも抱きついて、慕ってくれた少女に大嫌いと言われて。
 ……アミは、泣いていた。
 ぽたり。ぽたり。
 そう自覚した時には、大量の涙が彼女の瞳から落ちていた。
「ばかああああ!」
 彼女はベッドにもぐりこみ、布団をかぶってうつぶせになる。
 目を閉じるが涙はまぶたを押し開けて流れ続ける。
「ばか……! ばかああぁぁっ……!」
 自分の心をかき乱すルシャへ。ルシャの心をかき乱すノワへ。
 そして何より、親友に真剣に向き合わなかった自分へ……。
 何度も何度も繰り返し言って、彼女は一晩中泣いた。
 ――イブはもう、明日に迫っていた。


[3]


 濡れた枕に対する不快感と、布団越しでも伝わってくる寒さで、アミは目を覚ました。
「さむ……」
 もぞもぞと布団にくるまるが、喉がとても乾いていたので、しょうがなく体を起こし、ベッドから降りた。
 腫れぼったいまぶたをこすり、テーブルの上に置かれたマグカップを見た。
 ――ミルクが、ルシャが手をつけないまま残した、冷めたミルクがあった。
 ……そっか、やっぱ夢じゃないか。
 アミはカップを手に取り、中のミルクを一気に飲み干す。
 カーテンが開いたままの窓を見ると、外は暗くなっていた。
 時計を見ると、短針は“7”の数字を刺していた。
 7時でこの暗さ……ってことは、夜か。
 朝方になってから寝つき、今までずっと眠っていたことを把握するアミ。
「にしても、さむいなぁ……」
 外気の進入を少しでも防ぐため、彼女はカーテンを閉めようと窓に近づき――足を止めた。
 ボヌールの街を、白くて薄い絨毯が覆っている。空からは綿が、絨毯をより厚くしようと降りてきていた。
「初雪だ……」
 アミは感嘆の呟きを漏らした。久方ぶりに見た雪は、思いのほか美しかった。
 ルシャも喜ぶだろうな、と考えて、はっとする。
 昨日のルシャの様子を思い出し、胸がチクチクと痛んだ。
 そして、最近は少女とセットになっていた“アイツ”を思い出す。室内でこの寒さだ、いくら物置の中といえど、猫が耐えられるものなのだろうか。
 込み上げる不安に、アミはすぐに着替えて部屋をでる。廊下はさらに冷え込み、不安は増した。
 外に出ると、靴の下から雪が潰れる音がした。普段ならこの音を楽しみながら歩くのだが、今はあの黒猫のことが気になってそれどころではなかった。
 最短距離で物置に向かう。そして軽くノックしながら声をかけた。
「ノワ? 寒くない? 大丈夫?」
 数秒後、横穴から黒い猫が現われた。歩く様子は相変わらず優雅だったが、いつもに比べたら元気がない。
 アミはすぐに彼を抱きあげる。細い体は小刻みに震えていた。
「今日寒そうだし、イブの予定もなくなっちゃたし……うちにおいでよ」
 優しく声をかけて、ノワを抱えて部屋に戻った。
 凍死なんかしたらあの子が悲しむしね。
 アミはそう思ったが、口にはださないでおいた。
「ノワ……結構匂うねアンタ」
 アミは軽く鼻をつまむ。
 毛並みは綺麗だが、やはり野良猫。さすがに体臭はどうにもできなかったらしい。
 そんなわけで、ノワを風呂に入れることにした。
 水に濡れないよう、上半身の服は脱いで、肌着になった。
 湯が張ったことを確認し、いざゆかんとノワを抱き上げたところに。
「アミちゃーん!迎えに来たよー!」
 ノックもせず、ルシャが元気良く入ってきた。
「…………」
「…………」
 二人揃って沈黙、お互いを見ながら硬直。
「……不潔!」
「違うって! ある意味違わないけど!」
 沈黙をものすごい誤解で破ったのは、ルシャだった。
「昨日の今日で大人の関係なんて! アミちゃんのバカーーー! 不潔ーーー!」
 昨夜と同じように、大きな音と声で部屋を飛び出した。
「……」
 呆然と立ち尽くすアミ。
 何なんだ、あの態度は。
 アミはルシャの唐突すぎる行動に腹が立ってきた。
「あーもう知らない!」
 アミはノワをベッドにやや乱暴に放り投げた。ノワは器用にベッドに着地する。
 人の話も聞かないで、自分勝手な勘違いして、もうルシャなんて知るもんか。
 拗ねた表情で、ベッドに腰を下ろす。
 来てくれて嬉しかったのに。
 嬉しかった、本当に嬉しかった。今度こそ真剣に向き合おうと思った。
 ――しかし彼女はすぐに出て行った。
「……意気地なし」
 アミはノワをぎゅっと抱きしめ――ようと、ベッドを見たが、そこに彼の姿はない。
 かりかりかり
 何かを軽く削ろうとする音がした。そちらをみると、ノワがドアをひっかいていた。
「……でたいの?ノワ」
 アミはドアを開く。ひんやりとした空気が部屋の中に入ってくる。
 しかし、ノワはその場で立ち止まったまま、動こうとしなかった。それどころか、今度はドアに背を向けた。
「どうしたの?ノワ」
 黒猫は目の前の黒髪の少女を見上げた。じっと、吸い込まれそうになる程、その瞳は何かを訴えかけてくるように見えた。
「ノワ……」
 追いかけろ、と。
 黒猫の双眸は、そう語りかけてくるように思えた。
 ルシャに対しての怒りで熱くなった頭が、一気に覚めていくのを感じた。
 アミは冷静になって、彼女のことを考えてみる。
 ルシャは、どのような気持ちでここに来たのだろう。
 昨晩あんなことを言って、絶対に来づらかったはずである。なのに、ルシャはここまでやってきた。一体何のために?
 考えるまでもなかった。
 彼女は謝りに来たに違いなかった。仲直りをしに来たに違いなかった。あの元気な挨拶が、何よりの証拠だった。
 ――意気地なしなんかじゃなかった。
 ただ、ちょっと予定外の出来事に混乱してきっかけを逃しただけ。
 意気地なしは自分じゃないか。アミは自分を罵った。
「ありがと――ノワ」
 アミは黒猫に感謝の気持ちを告げる
 彼女がしないといけないことは、一つだけ。
 アミは服を着て、外に飛び出した。腕の中には、それを教えてくれた黒猫がいる。
 ――今度は、こちらから歩み寄る番だ。


 空は相変わらず、雪の絨毯を厚くしようと頑張っている。
 その期待に応えるかのように、少しだけ、絨毯はその弾力を増していた。
 雪だから足跡があるだろうと、アミは考えた。が、浅はかだったらしい。
 イブで皆が屋内にいるとはいえ、それでも多くの足跡が、ルシャの向かった先の手がかりを消していた。
 とりあえずいつもの大通りにでてみる。レストランの中でイブを過ごそうとしている人々――普段よりは少ないとはいえ、そこそこの人数――が、街を歩いていた。
、金色の髪をした少女は見当たらない。
 アミが途方にくれてしまいそうになった、その時。
「にゃあ」
 腕の中で大人しくしていたノワが、鳴いた。
 アミが聞く、初めての泣き声だった。
「にゃぁ」
 もう一度鳴いて、腕から逃れようと動き出すノワ。アミはノワをそっと地面に放した。
「にゃぁ」
 黒猫は空に向かって鳴いた。すると、屋根の上から、
「みゃー」
「なーご」
「ふにゃー」
「みー
「ににゃー」
「なーむ」
「ぶにー」
 大勢の猫の鳴き声が聞こえた。
 道を行く人たちは突如屋根の上に現われた猫達を見上げた。
 数十匹の猫が、この通りの屋根の上で、アミの方を向いて座っている。
 正確には、彼らの目には、アミの足元にいる、ノワの姿しか映っていないだろう。
「にゃぁ」
 ノワはまた、鳴いた。
 それを合図にして、猫たちは一斉に“散った”。
 それぞれがそれぞれの方向に向かって走り出したのだ。


 それから数十秒後。
「ひにゃぁぁぁぁぁぁぅ!?」
 ルシャが情けない声をあげて走ってきた。後ろに続くのは、大量の猫。
 ある猫は威嚇し、ある猫はギリギリ届かない範囲で、彼女をひっかこうとし、ルシャはそれに怯えて走り、どんどんこちらに追い込まれていく。
 アミは思わずノワを見た。ノワはどこか自慢げな顔をしてこちらを見つめ返してきた。
「格好いいじゃん……ノワ」
 そうノワに言葉をかけて、アミは遠くから走ってくる親友に向かって叫んだ。
「ルーーーーシャーーーー!!」
「ア、アミちゃーーーん!?」
 ルシャもアミに気づき、必死に逃げながら反応する。
 すぅ、と息を思いっきり吸い込んだ。肺が冷たい空気でいっぱいに満たされる。そして、
「ごめんなさーーーい! なかなおり、しよーーーーー!!」
 思いっきり、人目なんて気にせず、アミは言いたかったことを口にした。
 こちらに走ってくるルシャは、その顔をぱぁっと明るくさせる。後ろの猫の存在等忘れたかのように。
 アミとルシャの距離が縮まる。残り10メートル。
「うーーん!! なかなおり、するーーーーー!」
 二人の距離は残り2メートル。
 思いっきりジャンプして、ルシャはアミに抱きついた。


[Epilogue]


「あ、あれ……ノワが急に積極的になってるよ?」
 ルシャが戸惑いを隠せないでいるのも無理はない。あれだけルシャからご飯をもらうのを嫌がってたノワが、今では膝の上で丸まって、ゴロゴロと喉を鳴らしているのだ。
 仲直りの後、追われて汗だくになったルシャは、寮のお風呂を借りて体を洗うことにした。
 風呂から上がって部屋に入った瞬間、ノワがルシャの足元にすりよってきたのである。
「な、何で急に平気になったのかなぁ」
 お風呂に入ると変わるもの、を考えて、アミはルシャがのいつもと違う点に気がついた。
「あ――もしかしたら原因は、匂いかな」
「匂い?」
「そう、ルシャのつけてた香水、あれ柑橘系の匂いするでしょ。猫ってそういうの、ダメみたいだから」
 そういえば最初も、彼女から逃げる前にノワは近づこうとしていた。
 結局のところ、彼らは最初から相思相愛だったのかもしれない。
「そ……そうだったんだねっ」
 感極まる、とは今のルシャのような状態を指すのだろう。
 目にうっすらと涙を浮かべつつ、唇を噛んで泣くのを我慢する。そして頬は笑顔を作ろうと必死だ。
「そうならそうと、言ってよノワ」
 割と無茶なことを語りかけ、ルシャはノワの顔がを自らを向くように抱き上げる。
 だんだんと、黒猫の顔と少女の顔が、近づき――
「ノワ……大好き……」
 ――ノワの口に、ルシャの桃色の唇が触れる。少女はそれをやさしく押し付けてから、名残惜しそうに離した。
「えへへ……ファーストキス……」
 空気までとろけてしまいそうなくらい熱く呟いて、少女は満面の笑みを浮かべる。
「ノワ……」
 愛しい者の名前を、目の前にいる黒猫の名前を、艶やかな声で呼び、彼女は再度くちづける。
 それを何度も――何度も――繰り返す。今までの、ありったけの思いをぶつけるように。
 ノワはノワで、抵抗もせず、目を閉じて気持ちよさそうな顔をして、喉を鳴らす。
 そんなラブラブなカップルを傍目に、アミは紅潮させた顔を手であおいでいた。
 人と猫とはいえ、彼らは絵になりすぎだった。
 あーもう、このバカップル。
 幾度目かのキスが終わり、ルシャは恋人をやさしく抱擁する。
 白い頬は薄紅色へ、その色を変えていた。
「あ、アミちゃんっ?」
 ルシャは少しうつむいている。多少上ずった声が少女の口からもれた。
「んー?ノロケ話は聞かないよ?」
 少しくらいのいじわるをしても良いだろう、と。アミはにやけた態度をとった。
 ルシャは恥かしがってさらに下を向く。なんだか、今のルシャは実に普通の反応をする。
「ちっちがうのっ……それはまた後日――たっぷりと」
 アミは即座に前言を撤回した。やっぱ変な娘だこの子。
「あのねっ……アミ……」
 搾り出すように、声を出す。
「…………大好き」
 やっとでた言葉に、アミは穏やかな声で返事を返す。
「私もよ、ルシャが好き、大好き」
 お互いに、言葉はそれだけで足りた。
「にゃぁ」
 ルシャの胸元で彼女の恋人が小さく鳴いた。
「はいはい、あんたもルシャの次くらいに好きよ、ノワ」
「にゃぁ」
 満足そうに、もう一度。
 アミとルシャは顔を見合わせて、声を上げて笑った。



「クリスマスイブは誰と過ごす?」
 今のアミなら喜んで、この質問に答えるだろう。
「かなり変わった親友と、とってもお似合いなその恋人」

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(*´∀`)

  • うぃん
  • 2013-11-07 21:44
  • edit
とてもほっこりするお話でした(*´∀`)

なんなんこのリア獣めっ って言う

以上 本を読みなれてない人の感想でしたw
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